2007年05月08日

主治医は外科医

夜中の救急外来でレントゲン2枚とCTを撮ってもらったわけだが、どうも単なる虫垂炎ではないらしい。
宿直の内科医は大腸系の専門ではなく判断に迷うため、専門医が呼ばれた。
10分ほど後に現れた専門のT先生は、どことなく頼りない口調でこう言った。
 ・腹の中で炎症を起こしていることは間違いない(と思う)
  →薬によって治めるのか
  →手術によって取り除くのか
  はもう少し様子を見て、また(自信がないから)他の専門医師にも相談の上決めましょう
    ()内は私が勝手に感じたT先生の心の声

で、入院である。
早速、点滴の準備がなされた。
私の腕は何が原因か、点滴針が刺しにくいらしく、左腕で2回失敗し右腕で1回失敗した末、何とか点滴が開始された。
ただでさえ、針を刺すのは痛くていやなのに、なんという仕打ちか。
前途多難といわざるを得ない。

その日は夜遅かったことと、そもそも翌日まで病室に空きがなかったので、そのまま救急外来にあるベッドで一夜を過ごすことになった。
とはいっても、ただでさえ腹痛に苦しんでいた私だ。
何かしら動いているうちは痛みも紛れるが、静かにベッドに横になると痛みが気になって、とても眠れるものではない。
ずっと起き続け、しまいに疲れ果ててうとうとしているうちに朝になってしまった。

翌日、私はきちんとした病室に移った。
ここで、主治医となるK先生の登場である。
先生は
 「薬を使うか、手術するか、チームで相談しますので、その後また話しましょう」
と言っていたが、この言葉は偽りであったに違いない。
なぜなら、K先生はれっきとした外科医。
外科医が主治医としてついておきながら、
 「薬で治しましょう」
なんて言うはずなかろう。

しかも後にわかることだが、このK先生、なぜかいつもテンションが高めで、「切ったり縫ったり」が好きそうな、「いかにも」な外科医。
これまで切ったことも縫ったこともない私は言い知れぬ恐怖感から
 「できるなら手術は避けたいものだが・・・」
と、漠然と考えていたがそんな切なる思いと関係なく、「ハラキリ」の時刻は刻一刻と迫っていた。
posted by K大 at 23:59 | Comment(6) | TrackBack(0) | 病院生活

2007年05月02日

退院しました

「人間いたるところ青山あり」とはよく言ったものである。
私も中学時分、在校生を代表して卒業式で読んだ送辞に上記の言葉を挙げ、
 『自分の持つ可能性を信じ、たとえ困難なことがあっても、何たらほげほげ…』
と、ほとんど知らない先輩の前途を祝したものだ。
あの時の卒業生が現在何らかの形で成功しているとしたら、私の送辞によって励まされたからに違いないが、誰一人として私に感謝の気持ちを述べにこない。
きっと私の連絡先を知らないか、誰も成功していないのだろう。

それはともかく、私は忘れていた。
いたるところに山があればいたるところに谷もあるのだ。

前回のエントリを書いてから、あっという間に私は平地から谷底へ滑り落ちた。
むしろ気分的には、可もなく不可もないなだらかな平地を歩いていたら、突然落とし穴に落ちたような気分だ。
しかもそこに待っていたのは、這い上がるのに大変な我慢と退屈を必要とする試練であった。

前回のエントリでは
「腹が痛い。筋肉痛だろう」
なんて悠長なことを書いていたが、実際、腹の中で起こっていたのは「虫垂炎」であった。
私はさっぱり知らなかったのだが、虫垂炎の特徴として、腹痛・発熱・吐き気・休息欲求・出社拒否欲求等があり、吐き気以外はすべて当てはまっていたというのに、無知な私はその原因に気づくことはなかった。

素人考えでは、炎症を起こす右下腹部が痛み出したら虫垂炎なのだろうと考えていたが、そうではないらしい。
初期症状としては腹部全体が痛み、進行すると痛みの中心が右下腹部になるらしいのだ。
驚くほど私の状況と同じだ。

しかし鈍感なのか我慢強いのか、それほど強烈な痛みも感じなかった故、筋肉痛なら土日休めば治ると考えていたのが甘かった。
土曜日になると痛みのレベルがひとつ上がり、解熱鎮痛剤としてバファリンの助けを借りなければ眠れなくなった。
日曜日になると痛みのレベルがもうひとつ上がり、バファリンの効き目が妙に短くなってしまった。
相変わらず38度ちょっとの発熱も続く。

さすがにおかしいと感じた私は、月曜日になったら病院へ行こうと考えていたが、日曜日の夕食後飲んだバファリンが2時間程度で切れてしまった。
まさか連続で薬を服用するわけにもいかず、しばらく我慢していたが、痛みのレベルも熱もさらに上がったような気がしたので意を決して、タクシーで救急外来へ向かった。

病院に着いたのは日付が変わった頃だったが、当直の医師に触診とレントゲン2回とCTスキャンを取ってもらい、即入院と相成ったのだった。
ここから、我慢と退屈の約3週間に及ぶ日々が始まるのだが、それはまた別の話。
posted by K大 at 23:01 | Comment(4) | TrackBack(0) | 病院生活