2009年11月19日

【読了】週末のフール【四】

一時期、どの書店でもランキング上位に紹介されていた本書。
普段あまり小説は読まないが、話題の本だし、作者は村上春樹の信奉者だというし、会社の同僚が好きな作家として挙げていたし…、などなどの理由で購入してみた。

Amazonから内容紹介転記。
八年後に小惑星が衝突し、地球は滅亡する。そう予告されてから五年が過ぎた頃。当初は絶望からパニックに陥った世界も、いまや平穏な小康状態にある。仙台北部の団地「ヒルズタウン」の住民たちも同様だった。彼らは余命三年という時間の中で人生を見つめ直す。家族の再生、新しい生命への希望、過去の恩讐。はたして終末を前にした人間にとっての幸福とは?今日を生きることの意味を知る物語。


本書に収められているのは、「小説すばる」に2004年2月から2005年11月まで、計8回掲載された短編の集まりである。
順番に収録されているので、前の話で出てきた人や事件が次の短編で少し触れられたり、かすったりして、一つの団地を舞台に、時間が経過しながら、小説の中の世界が進んでいく様子を読者に意識させる。そして、それはすなわち小説世界の破滅までの時間が刻一刻と近づきながら、それでも日々の生活を送る人々を強く印象づける。




小説の舞台設定自体は少しファンタジーちっく。つまり、現実的ではないかもしれない。
世界があと3年で終わってしまうときに、現実の人間社会がどこまで成立するのか。
小説の中のような世界は本当に成り立つのか。
疑問はあるが、空想世界の中で何かのテーマを浮き彫りにするのが小説なのであるから、そこは突っ込むべきところではない。

で、あらすじからも明らかなように、本書のテーマは「死を目前に意識した中での生を描く」といったところか。
病気であとどれだけも生きられない状況で、生きることを描く小説はよくあるが、地球があと3年という状況でみんな死んでしまうというのは新鮮。
深い謎解きがあるわけでもなく、物語は淡々と進むが、その中でも印象深い言葉はいろいろなところに出てくる。

読み終わってしばらくたった今でも心に残っている場面をメモしておく。(ちょっと長いけど問題あるかな…)

p220 鋼鉄のウール
※あこがれのキックボクサーとどこかの俳優の対談記事から
「苗場君ってさ、明日死ぬって言われたらどうする?」俳優は脈略もなく、そんな質問をしていた。
「変わりませんよ」苗場さんの答えはそっけなかった。
「変わらないって、どうすんの?」
「ぼくにできるのは、ローキックと左フックしかないですから」
「それって、練習の話でしょ?というかさ、明日死ぬのに、そんなことするわけ」可笑しいなあ、と俳優は笑ったようだ。
「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」文字だから想像するほかないけれど、苗場さんの口調は丁寧だったに違いない。「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」


もう一カ所
p337 深海のボール
※どうして死んだらいけないか質問された父親の話
「自殺しちゃいけねえ理由なんて、知らねえよ、ばーか」と胸を張って、吐き捨てた。そして、「とにかく、絶対、死ぬんじゃねえぞ」と述べた。「あのな、恐る恐る人生の山を登ってきて、つらいし怖いし、疲れたから、もと来た道をそろそろ帰ろうかな、なんてことは無理なんだよ」父は口角泡を飛ばした。
「登るしかねえだろうが」
「登る意味があるとは思えないんだって」
「何様なんだよ、おまえは。俺は、登ったらどうですか、なんてことを言ってるんじゃねえんだよ。登れる限りは登れって命令してるんだ。それにな、たぶん、登り切ったらな、山の頂上からの景色はきっと格別だぞ」
※上記父親の話を聞いたサッカー仲間の話
「渡部の親父さんの言葉は鋭いよ。『光あるうち光の中を歩め』っていう小説があるだろ。あれを真似れば、『生きる道があるかぎり、生きろ』ってことだ」
「どういうことですか」
「死に物狂いで生きるのは、権利じゃなくて、義務だ」
「義務」と私はその言葉を反芻してみる。
「そう。だからみんな、他人を殺してでも生き延びようとする。自分だけでも助かりたいってな。醜く生きるわけだ、俺たちは」
「醜くですか」
「他人を蹴落としても、無我夢中で生きるわけだ」



誰だって人は自分がいつか死ぬことは知っていても、いつ死ぬかはわからない。むしろできるだけ意識しない。
明日死ぬとは思わないから、働いて生きる糧を得るし、保険に入るし、貯金をするし、勉強もすればトレーニングもする。
物騒な世の中である。
もしかしたら明日犯罪に巻き込まれて死んでしまうかもしれない。事故に遭うかもしれない。
実は今、この瞬間に不治の病に体が冒されかかっているのかもしれない。

杞憂ともいえるこの種の心配を一笑に付すこともできる。
けれど、いつかは皆平等に死を迎えるのだ。
そのときに今日を振り返って、悔やまないか。
そのときにここ一週間・一ヶ月・一年を振り返って悔やむことはないか。
一日一日を大切に生きる。
当たり前すぎて意識すらしない自省を、時々は意識しなければ…と気持ちを引き締めた。

# ちょうど最近公開の映画「2012」も、ちょっとシチュエーションは違うが、今から3年後に世界が亡びる話である。この小説に関連して観てみようかなと思う今日この頃。


posted by K大 at 00:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 本を楽しむ
この記事へのコメント
お元気ですか? my name is kazu sato at Washington, dc. since you started the new job, your blog has been less active. but still i check it occasionally. glad you have been well. If you do Twitter, please let me know, (satokazu). May you and your family have a safe and a happy new year.
Posted by Kazu Sato at 2009年12月27日 09:33
に、日本語でもいいですよね…?

お久しぶりです。
コメントどうもありがとうございます。

仕事が始まってこの方、プライベートな時間の使い方が変化してきまして、なかなかネット上に割り当てる時間が少なくなり、このブログも時折備忘録がてら更新するぐらいになってました。
ごらんの通り、コメントを寄せていただいても気づくのに少し時間がかかるほどの体たらくでして、特にTwitterを試しに始めてからは、まとまった文章を書くよりも「つぶやき」という敷居の低い方へ細切れの時間を割り当てているような感じで・・・。
「水は低きに流れる」
あまりよくない傾向だとは自覚しているものの、もともと質の低い文章しか書けない私のブログなどそれほど誰かに見てもらえるものでもないし…、などと自分に言い訳しながら日々を過ごしているような現状です。

satokazuさんのように一ヶ月に一度でも一年に一度でも、この拙いブログを見てくださるということは、私にとってとても励みになります。
相変わらず大したことは書けませんが、また気が乗ったときにでも少し見ていただけたら幸いです。

今日は大晦日。日本では今日・明日と寒波が到来して寒い年明けになりそうです。
satokazuさんにおかれましても、お体に気をつけてどうぞよいお年をお迎えください。

※p.s. 私のtwitterアカウントは「tsrg99」です。本ページにつぶやきを載せるとともに、satokazuさんと思われる方を検索してフォローしておきました。どうぞよろしくお願いします。
Posted by K大 at 2009年12月31日 08:18
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