2008年11月22日

オペラ「蝶々夫人」(アルファあなぶきホール『香川県県民ホール』)

先週末は実家・香川へ帰省していた。
目的は3つ。
 ・実家のPCが壊れたので修理
 ・祖父の調子があまりよくないので様子見
 ・オペラ鑑賞

先週金曜日と今週月曜日に有給休暇を設定、4連休で香川に向かう。

忙しく、また風邪をひきながらも何とか目的は達成した。
プライベートなことは置いといて、オペラ鑑賞について記録しておく。

題目は「蝶々夫人」。
もともと「香川県県民ホール」と呼ばれていた「アルファあなぶきホール」にて、香川県県民ホール開館20周年記念として公演された。(公式ページ

公演は11月15日・16日。
15日の蝶々夫人役は林康子の弟子で小学校時代からの幼なじみであるが、いろいろな事情(時間がなかったことが大きい)で観に行くことはできず、16日の日本が誇るプリマドンナ・林康子が蝶々夫人を演じる公演のチケットを母の分と2枚とった。

林康子は知る人ぞ知るプリマドンナで、Wikipediaにも短いながら記事が作られるほどの人物だ。
香川県県民ホールとしては20年前の開館時にもこけら落としとして、林康子が蝶々夫人を演じているらしい。

林康子とは高校生の時に国民文化祭の舞台で一緒に立ったことがある(ほとんど姿は見えなかったが…(^^;))。
何となく懐かしく感じながらも、香川県県民ホールへ車で向かった。

「蝶々夫人」はジャコモ・プッチーニが作曲した作品で、1904年にミラノ・スカラ座で初演された。
基本的には同時代の長崎を舞台に、アメリカ海軍士官ピンカートンに騙されて弄ばれた挙句に捨てられ、自殺する気の毒な大和撫子の話であり、一昔前の時代劇のごとくわかりやすいストーリーで、いかにもお涙ちょうだいな雰囲気がある。(Wikipedia

はじめにはっきりさせておくが、私の評価は65点〜75点。
それほど高い評価・感想は持たなかった。

演出は井原広樹。くらしき作陽大学非常勤講師で、関西歌劇団理事。
私は数年前にも同じ場所で違うキャストの蝶々夫人を観たが、記憶違いでなければ使っているセットも小道具も演出もそのときとすべて同じ。
よく言えばオーソドックスで悪くいえばバカ正直な演出。
とりあえず言えることは、演出にはほとんど力を割いていないということが丸わかりなものだった。
それほどオペラ公演のない田舎の都市で、同じ題目で同じ演出では、私と同じように繰り返しにがっかりしている人間も少なくなかっただろう。
最期、蝶々夫人が自刃により倒れる場面で敷き詰めた花々が舞い上がる演出は舞台としてきれいであったが、ほかに特筆すべきところはない。
海外とは違い、日本人の感覚とずれてない演出がせめてもの救い。

オケは高松交響楽団。
私はオケについてはよくわからないが、それでも粗が目立ったような印象。
オペラの主役は舞台上の役者。
オケは流れる風景のごとく自然でいてほしかったが、緊迫した大事な場面で、ちょっとした粗が目立ち、一段 落ち込んだオケピから不要な自己主張しているようだった。

主役の林康子。
1943年生まれということは、御年65歳。
それにしては信じられないようなすばらしい声を出して、聴衆を魅了していたが、それはそれ。
舞台に立てば30歳だろうが80歳だろうが、年齢など関係ない。
聴衆を満足させられるという自信があるからこそ舞台に臨んだはず。

第1幕は残念な演奏だった。
自分の得意とするポジションに音が来るとしっかりとした声が出てくるのだが、そこから少しでも低い音になると、とたんに声が出なくなる。
何を言っているのかわからなくなる。
後から聞いた話では、第1幕終了後の休憩中に本人が一番悔しがっていたということだから、きっと自覚があったのだろう。
第2幕になると、声に張りが出てきて、幾分安心して聞くことができた。

年が年だけに、前半のピンカートンの愛を信じ切った無垢な蝶々夫人には少し違和感があったが、さすがに何百回もの公演をこなしているだけあって、後半になるにつれピンカートンや息子への愛情で周りが見えなくなるほどの狂気に満ちた演技は迫力があった。

ピンカートンは岡田尚之。
蝶々夫人と同様に第1幕は少し不安定な声だったが、第2幕に出てきたときには安定していた。
シャープレスの多田羅迪夫とともに、安心して聞いていられたと思う。

今回のオペラでもっともよかったのは、スズキの永井和子。
すばらしいメゾ・ソプラノであることは当然ながら、その演技も一つ一つの仕草に至るまで蝶々夫人に傅く女性として文句ない出来。
さすがに国内外で活躍しているだけはある。
また、ゴローの小宮一浩の演技も観ていて楽しかった。

さて、今回の公演でもっとも気になったのはホールの運営である。
今まで行った公演では気にしたこともなかったが、今回は細かいことを含めれば色々と不満が出てきた。

最大の悪は字幕の位置である。
オペラは多くが外国語で上演されるため、映画の字幕よろしく字幕を電光掲示板で表示させる。
多くの舞台では、上下両袖のところへ縦長の電光掲示板を置き何を話しているのか歌っているのか表示するのだが、今回の公演では何と舞台の最上部・真ん中に横書きの電光掲示板を一つつり下げていたのだ。
上述の通り、演出はオーソドックスすぎるほどオーソドックスで、客席から見たときに舞台上の奥行きはほとんど感じさせず、上下の広がりは皆無だ。
そんな中で行われる演技の遙か上方で表示される字幕。
前方の値段の高い席にいる人ほど演技者と字幕との視線の動きが大きくなってしまい、ごちゃごちゃやっている下方から何もない空っぽの空間を横切って、字幕を眺めて、また空っぽの空間を戻って、演技を観て…、という無駄な視線の移動を繰り替えさなければならない。
また、字幕表示そのものも暗くて読みにくく、休憩時間に私の周りにいた比較的高齢の方々は「字幕がさっぱり読めない」と不満を口にしていた。
事前に知っていたであろう公演関係者から何も疑問が出なかったのか、不思議でならない。

また、公演を通じてたびたび感じたことだが、オケの音が大きすぎる。
時折役者の声をかき消すような演奏で、全くバランスがとれていない。
これはオケが悪いのか、歌手が悪いのかと考えていて、ふとホールの音響に問題があるのではないかと感じた。
舞台・オケピ・客席、これらをつなぐ音響としての設備が十分ではなく、所詮演劇やコンサートなど、マイクを使ったステージにしかこのホールが対応していないのではないだろうか。

以下、いちいち書くとさらに長くなるので、箇条書きで。
 ・それなりの客入りだったが、ホール周辺の駐車場はどこも満車状態。車社会の香川にあって、それを受け入れるだけのキャパがない。
 ・休憩時間のトイレ。女性用はいつでも混むが、案内がおらず、あっちは混んでいるけどこっちは空いているという状況が見られた。
 ・休憩時間のカフェ。2人だけで決して素早くない対応のためにお客は長蛇の列。さらに器は紙コップ。
 ・写真や録音はだめと言っているのに、たかれまくるコンパクトデジカメの貧弱フラッシュとそれを止めに走るホール係
 ・カーテンコールの最中でもぞろぞろと帰る観客(不満を表す意味ならいいが…)

ざっと大きくはこんなところか。
ホール係のスタッフはよく働いていたと思ったら、四国学院大学の講義実習の一環だったらしい。(文化ホール運営ワークショップ

つまり、開館20周年記念といえどいかにお金をかけずに運営するかということを考えた末の結果であったのだろうとは思う。
地方で公演を行うということはかくも大変なことなのだ。
posted by K大 at 21:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 各種鑑賞
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