2008年04月20日

オペラ「エフゲニー・オネーギン」

今日までの日程で「東京のオペラの森」というイベントが上野を中心に行われていた。
多くの音楽・芸術の催し物が企画されていたが、その中心となるのが「世界の指揮者・小澤征爾」によるオペラ「エフゲニー・オネーギン」である。

公演は計4回。(4月13日(日)15:00、15日(火)18:00、18日(金)18:00、20日(日)15:00)
見に行こうかどうしようか真剣に悩み始めたときには、早くも2日間ある休日の公演はSold Out。
空いているのもB席以上で少なくとも2万8000円の出費が求められる。
どうしようか散々迷ったが、日本が誇る小澤征爾の指揮でオペラが見られるチャンスなどそうそうないとの思いから15日(火)に有給をとって、東京文化会館に足を運んだ。

東京文化会館
 
東京文化会館入り口



以下、覚え書き。

まず記憶をたどって、とっても簡略化したあらすじ(詳しくはここ

 ■第1幕
  裕福な家庭に育った姉妹・タチヤーナとオリガ。
  親が結婚相手を決めるのが自然な時代に、小説の世界に浸り、恋愛による結婚に憧れを抱き、日々物思いにふけるタチヤーナ。
  一方妹のオリガには許嫁のレンスキーがいて、二人は相思相愛。
  
  ある日、レンスキーが友人オネーギンを連れて訪れる。
  知的な、それでいてどこかニヒルな雰囲気のあるオネーギンにタチヤーナは恋をする。
  
  どうしても気持ちを抑えられないタチヤーナは、夜も眠ることができず、恥ずかしさをこらえ長い愛の手紙を書く。
  翌日手紙を届けられたオネーギンはタチヤーナに会う。
  手紙の礼を言うも結婚するつもりはなく、気持ちに答えることはできないと冷たくあしらう。
  さらに、オネーギンにこれからはもう少し自分の気持ちの表現を押さえた方がよいと説教され、タチヤーナはうちひしがれ言葉もない。

 ■第2幕
  タチヤーナのお祝いのためパーティーが開かれる。
  レンスキーに誘われて出席したオネーゲンだが、このような騒がしい場に居心地の悪さを感じる。
  一方レンスキーは楽しそうにオリガと過ごしている。
  
  苛立ちを感じたオネーゲンは軽い気持ちからレンスキーに嫌がらせをしようと、レンスキーの許嫁・オリガを踊りに誘う。
  レンスキーは激しい嫉妬を隠さないが、オリガはそっちのけでオネーギンとばかり踊る。
  まじめなレンスキーは二人の行動が許せない。
  次第に怒りをつのらせたレンスキーは、オネーギンに絶交を宣言し、決闘を挑んだ。
  
  翌朝の決闘前。
  自らの死を予感したレンスキーはオリガへの愛や過去のすばらしかった日々に思いをはせる。
  オネーギンが現れ、お互いに何か間違っていると感じながらも、決闘が行われる。
  レンスキーが自ら銃を置き和解を求めるように見えるも、彼が言葉を発するより先にオネーギンの弾丸が友人レンスキーの命を奪う。

 ■第3幕
  友人の命を奪った決闘から数年後、オネーギンは旅から帰国。
  古い友人のグレーミン公爵の舞踏会に出席した。
  ここで、かつて冷たくあしらったタチヤーナがグレーミン公爵夫人として現れ、その美しさ・洗練された振る舞いにオネーギンは呆然とする。
  遅まきながら自分の恋に気づき、手紙を介してタチヤーナに気持ちを伝えようとするオネーギン。
  
  翌日、オネーギンと会ったタチヤーナは自らも突然よみがえった恋に動揺を抑えられない。
  オネーギンの激しい愛の告白に、ついにタチヤーナもオネーギンを未だ愛していることを告白する。
  人生は短い、すべてを捨ててくれと迫るオネーギン。
  しかし、人の道を踏み外してはいけない、今の夫と一生添い遂げることを告げ、タチヤーナは逃げるように姿を消す。
  
  オネーギンは自らの運命に残されたのは死だけなのかと叫び1人残される。


このオペラの作者はチャイコフスキー。
「白鳥の湖」などが有名だが、これと同じ年(1877)に「エフゲニー・オネーギン」も完成している。
私にとってロシアの音楽というのは少ない合唱曲でしか触れたことはないが、決して派手派手しくなく木訥とした雰囲気の中で氷のような繊細さをベースに、所々ウォッカのような力強さが一気に押し寄せるような印象を持っている。
本作品もいくつかの単純なメロディが繰り返し現れ、基本的には繊細な少し寂しい感じの音楽が流れ、合唱が入り人数が増えるとためていたパワーを一気に解放するような力強い音楽が演奏される。
メリハリがあって聞いていて楽しい。

指揮者は言わずとしれた小澤征爾。
私のような素人には指揮者による音楽性の違いなどはさっぱりわからないが、それでもピットの中のオーラは伝わってきた気がする。
体調が悪い中、正味2時間30分弱に及ぶ演奏を楽譜なしでこなしていたのは、さすがと思わせる。

演出はファルク・リヒターという方。
舞台上はシンプルでよけいなものは一切ない。
アンナ・ネトレプコの椿姫と似た感じの見た目だが、1幕と3幕のほとんどの場面で雪が降っていた。
動くものが役者だけだと見る方にも緊迫感があって疲れそうだが、この雪のおかげで舞台を一つの絵としてとらえることができ、視線が役者の周りだけに集中しない分、舞台を広く感じたような気がする。
舞台上の静と動のバランスが心地よい。
また、全体を通じて色は寒色系でまとめられ、ロシアの厳しい冬を感じるとともに、ニヒルな印象がストーリーとうまくマッチしていた。
3幕は後半から加速度的に緊迫感が増す運びだが、最後にオネーギンが独白した際、今まで途切れることなく降っていた雪が突然止まってしまう演出には、鳥肌が立った。

歌手は皆よかった。
日本人歌手はちょっと見劣りがしたが、比較の問題であろう。
特にあげるとすると、タチヤーナ・レンスキー・グレーミンがよかった。

タチヤーナ役は響きがきれいなソプラノ。
時々、響きそっちのけでラッパのように音を鳴らすソプラノ(私は「バズーカのような」と表現する)がいて、音の大きさだけで観客から喝采を受けるのを苦々しく思っている私には印象のよいソプラノだった。

レンスキー役は優しい声のテノール。
私が好きなのはもう少し強い響きを持つ声だが、優しい響きの中に一本芯がしっかりと立っている声は役柄にもよくあっていたように思う。
日本人でも優しい響きのテノールは多いが、なかなか芯が立っていると感じる声は聞けない。

グレーミンは力強いバス。
これぞバスといえるほどのしっかりした声で、高音域はちょっと心配になるところもあったが、低音域は抜群にすばらしい。
日本人ではこんな声を出せる人はほとんどいないだろう。
それもあってか3幕になって初めて出てくるにもかかわらず、カーテンコールでは主役級であるタチヤーナ・オネーギン・レンスキーを差し置いて最も大きな拍手を集めていたように聞こえた。


他にもいろいろ感じたことがあったように思うが、今覚えているのはこのぐらい。
それにしてもすばらしいオペラだった。
カメラもたくさん入っていて、きっとNHKの芸術劇場でもダイジェストで放送されるのではないかと思う。
この駄文をここまで読んだ方には、是非その番組を見てもらい、私の感想が的はずれなのかオーバーなのか判断して頂ければと思う。
posted by K大 at 23:25 | Comment(0) | TrackBack(1) | 各種鑑賞
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/14238513
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」
Excerpt: <ウィーン・シュターツオーパ共同制作/プリミエ> 2008年4月13日(日)15:00/東京文化会館 指揮/小澤征爾 東京のオペラの森管弦楽団 東京のオペラの森合唱団 演出/ファルク・リヒター 美..
Weblog: オペラの夜
Tracked: 2008-05-28 14:04