2006年09月04日

よく晴れた朝の満員電車にて…

昨日行われた『全日本合唱コンクール 四国支部大会』で,我が母校・高松一高合唱部はBグループ(33人以上の合唱)にて全国大会への出場を勝ち取った.
日頃の現役部員の練習成果であり,喜ばしいことに違いないのだが,CMI-HPを更新するためにネットをうろうろしていた私は,少し驚いた.

四国支部大会への出場校は以下の通りである.
*****************************
【高校A】高知東(高知)土佐女子(同)高知学芸(同)今治西(愛媛)高松第一(香川)三木(同)八幡浜(愛媛)東温(同)松山東(同)新居浜西(同)徳島北(徳島)名西(同)松山北(愛媛)高知丸の内(高知)高松西(香川)新居浜東(愛媛)

【高校B】高松第一(香川)西条(愛媛)坂出(香川)
*****************************

そしてコンクールの結果,全国大会へ出場するのが以下の学校である.
*****************************
【高校A】土佐女子(高知)

【高校B】高松第一(香川)坂出(香川)
*****************************


あれ?
【高校A】部門は16校,【高校B】部門は3校出場.なのに,全国大会へは
【高校A】部門は 1校,【高校B】部門は2校出場.








う〜む.
どうやら,高校部門からの全国大会推薦数というのは前もって決まっているらしく,今回は3校であったらしい.
で,それを,どう考えても出場校数と全国大会推薦数のバランスが逆なのは,それだけB部門の演奏がすばらしかったということか.

Wikiによると,地区大会出場校数によって全国大会推薦数は決まるという.
すなわち,コンクール規定を引用すると,
都道府県大会参加の支部合計数 25団体まで 2団体
都道府県大会参加の支部合計数 26団体〜 50団体 3団体
らしく,今回の合唱コンクール・四国支部は26団体以上が出場したということだ.

しかし,いつから全国大会へ3校も行けるようになったんだろうか.
調べてみると,どうも毎年3校というわけではないみたいで,一昨年の第57回大会以外,四国から3校出場した記録は見つからなかった.ちょっと昔よりも今の方が出場団体数が多いというのは,少子化の影響で四国の高校生数が減りつつある(さらに合唱人口はさらに減りつつあるのでは…)中で非常に不自然な感じがするが,事実であるから仕方がない.
四国の出場団体数は26前後をうろうろしているということなのか.

私が現役の頃(1996〜1998年度)は,合唱コンクールにおいて四国から全国へ行くのが2校という年は全くなかった.
NHKでは1つの椅子を巡って,坂出をライバルと認識し練習に励み,全日本ではA部門出場の坂出を応援しつつも,B部門の強敵・愛媛斉美をライバルに切磋琢磨した.
私が部長だった年は,2つのコンクールのどちらも四国代表となり,それをなしえた当時のチームにいまだ誇りを持っているが,その1年前のチームはどちらのコンクールでも四国大会止まりという悔しい思いをした.
決して下手な演奏ではなかったと記憶している私は,もし代表校が2校であったら…,と単純に現在の状況をうらやましく思う.


….
まあ,コンクールの結果を聴いても,OBとして練習に参加しても,万事そのような感じで,自分が現役だった頃との違いや取り巻く状況の変化を意識する.
特に今夏,OBとして部活に行ってみて,自分が思っていたCMIとは何か違っていることを例年以上に強く感じた.
その「違い」が何なのか,しっかりと表現することはできないが,端的に言って「合唱や部活に対する『楽しさ』や『厳しさ』『苦しさ』の割合変化」ではないかと思う.

一般的に,方向性はどうあれ,このような変化は時間とともに自然に起こるものであり,「良い」とか「悪い」とかいう類のものではない.
しかし,視点を私個人に移せば,はっきりとこの変化を「悪い」と断言できる.

入部した当時から,「楽しくなければ部活でない」という風潮のもとで活動してきた私には,最近の練習時間や練習態度や部員のまとめ方はあまりに厳しく映る.
その代償に充実感が得られるのだろうが,想像するに,私がこの部活にいたら間違いなく部長を務めることなくやめていただろう.

誤解されたくないので,明らかに示しておくが,私は別にCMIのあり方を批判しているのではない.
ただ単純に私の時代との違いと,私がその場にいたらどうだろうか…を想像して,印象を述べているに過ぎない.
何と言っても,私とは価値観が違う現代の高校生がCMIを形作る主役であり,例え,どんなCMIになったとしても,私の美化された思い出のCMIに勝ることはない.
自分が活動していたときが,もっともCMIを身近に感じ,輝かせていた時間に他ならず,更にいえば,このことはCMIを卒業した全てのOBに共通する事であろう.



CMIの事例に限らず,人は思い出を美化しながら,それをアイデンティティの拠り所にし,「昔は…だった」と言いながら生きていくものなのだ.

…なんてことを,物理的にも精神的にも個人が全体に埋没しそうな都会の満員電車で,とりとめもなく考えた.



ところで,私がいた頃は四国コンクールが終わってから,全国大会までの間には,雨後の筍のごとく,部内カップルがポコポコ発生したものだが,今でもそうなんだろうか…?
posted by K大 at 23:59 | Comment(3) | TrackBack(0) | 一高合唱部(CMI)
この記事へのコメント
あぁ〜
そんな事もあったねぇ。
懐かしいですわ。
Posted by けいてぃ at 2006年09月08日 23:47
コメントありがとうございます.
どの辺が「懐かし」かったかしら?
きっと最後の辺りだと思うのだが,今でもやっぱり同じような状況なのかねぇ?
個人的に最近の部員は,男声がおとなしくって,勝ち気な女声にふさわしい相手となってないような気がするんだが….
Posted by K大 at 2006年09月12日 00:10
そうですね。
最後のあたりは、ホントに懐かしいし、若いっていいなぁって感じずにはいられないですね(この時点ですでに若くない・・・)。
最近の部員がおとなしい男声と、勝気な女声かどうか分からないけど、うちらのときにもうそんな傾向はあったのではないかと思いますが・・・
特に、うちらの1つ上の学年はそんな気が・・・
まぁ、今となってはどんなことも合唱部で起きたことはいい思い出だし、忘れたくても忘れられないし。
今の自分の性格のルーツ(?)は絶対合唱部だと思うし。(こんな毒々しい私に誰がしたんじゃい!!って。)
自分がいた時が一番良かったって、みんな思ってるんじゃないかなぁ。

Posted by けいてぃ at 2006年09月12日 19:39
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/1223656
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。