2005年08月30日

役員選挙の思い出

先日の恩師・O山氏のBlogで,我が合唱部の部長選出・部長指揮に関して,「信頼」をキーワードとして文章を書かれていた.それを読みながらふと自分が現役時の役員選挙を思い出した.
以下にだらだらと書きつづってみる.私らの代は男声が4人しかいなかった.男声を細かく分けたとき4パートに別れるが,それぞれ一人ずつである.これらが皆,特別理科コース(特理)と呼ばれる理系の選抜クラスにいたため,私の学年の男声合唱部は音楽科も含め特理にしかいないという奇妙な状態が起こっていた.後に私ら4人にO山氏は「まっど・さいえんてぃすと」というありがたいカルテット名をつけてくれた.

おかげで先輩にかわいがられたり,名前をすぐに覚えてもらえたり,3年間皆同じクラスだったため仲良くできたりといいことも多かったが,困ることもあった.役員選挙時もその一つだ.

パートリーダは当然男声であるから,その時点で我らのうち2名がその役職に就く.すると残る役職は当時,『部長(副部長)・定演委員長・企画委員長』である.このうち『部長(副部長)』は男声と女声が一人ずつ二人で組になってやるものであった.よって,最終的にほとんどの役職を女声に押しつけたとしても,ぷ??でいれるのは1名という厳しい状況なのだ.

そして,パートリーダに求められる資質(ピアノが弾けたり,音取り能力だったり…)により,残る2名とは私とK藤であった.

K藤はいざ知らず,私は困った.
たまたまこの役員選挙があった年は,悲劇的にも二つのコンクールのどちらにも全国大会に出場できなかった年であったため,代替わりも早かったが,例年ならば全日本コンクールの全国大会終了まで3年生は引退できない.そしてこれはたいてい10月末である.

ここから大学受験の勉強を本格化させたとしても,最初の関門・センター試験まで二ヶ月である.まず志望校には入れない.

役職のない,語弊をおそれずにいえば責任のない人間ならば状況を見て部活をやめることもできるかもしれぬ.そこまで行かずとも,多くの用事から解放され自分の時間をとることもできよう.

定演委員長になったら夏休みはつぶれる.企画委員長になったら全国大会が終わるまで,部屋割りやら何やらで多くの仕事を抱えることになる.ましてや,部長(副部長)などになったら….

私は担任と相談した後,自らの判断で,自分と担任の署名済み退部届を内ポケットに忍ばせて役員選挙に臨んだ.

部長の選挙時,私は今でもはっきりと覚えている.配られた紙片に少し小さめに真ん中へ鉛筆で「Kトウ」と書いたことを.そうして,開票時には黒板を注視することなく,部長(副部長)にK藤が当選してくれることを祈った.

結果は惨たるものだった.男声の得票数第一位は私で,第二位がK籐だった.さらに悪いことに,得票者全体で見ても私があり得ないほどのぶっちぎり一位だったのだ.

「はめられた!」

私はとっさにそう感じた.大体,こんな得票数を私が得ることはおかしい.ただでさえ私はあまり目立たぬように部活動をしてきたし,特に大人数を要する女声陣とあまり交流がない.なのに….

私はその後以下のようなことを挨拶で述べた.
『多くの票を入れてくれてありがとうございました.ただ,私は自分が部長や副部長になるようなことがあれば,次点の人にそれを譲り,自分は退部するつもりでした.そのために退部届も持ってきてます.あそこでM鍋さんに取り上げられましたけど….しかし,これほどの得票差がつくとは予想もしなかったし,ここでやめますとも言いづらい状況なので,部長を引き受けるかどうかは少し考えさせてもらってから決断しようと思います.』

今となって思い返してみれば,なんと卑怯な逃げの姿勢かと我ながらあきれるが,それは今現在の結果があるから言えることで,将来が分からないあの状況になれば仕方ないかなとも思える.

結局,担任に再び相談し,親にも相談し,部長を引き受けた.
当初覚悟したとおり,翌年私は志望校のために一年浪人することになった.

今となっては選挙時に,本当に,はめられたかどうかはわからん.
ただ,あの時の仲間は本当にいい人ばかりで,皆がそれぞれよく働いてくれたし,私の至らないところをしっかりフォローしてくれたため,部としてうまくまとまることができたと思っている.

何より私に,四国を代表する合唱部の部長という,願っても叶わないような役職を与えてくれ,よい経験をさせてくれたことには本当に感謝している.また,これは私の人間形成に多大な影響を及ぼしていることは,間違いない.


私はK村などの協力を得ながら,OBでの集まりなどをこれまで世話してきたが,一度ある人にこう聞かれたことがある.
「どうしてそんな面倒なことを率先して引き受けるのか」,と.

その時はうまく答えられなかったが,今となってみれば,OBの集まりの世話もこのHPの管理もすべて,あの経験や自分をフォローしてくれた部員に対する恩返しの気持ちが,私にそうさせる原点ではないかと強く感じている.
posted by K大 at 23:59 | Comment(2) | TrackBack(0) | 一高合唱部(CMI)
この記事へのコメント
懐かしいですなぁ。
逃げかどうかはともかく、K大さんが退部届まで用意していたのは、僕の目にはけじめのある真摯な姿勢に見えました。かっこいいなぁと思いましたよ。
まぁしかし、どの代でも修羅場は必ず訪れてますよね。同じくらいいいことも起こってるので仕方ないかもしれませんが。
Posted by K村 at 2005年08月31日 09:17
退部届けって,本当に用意してだ.
(別に私には関係なかったので,気にしてなかったけど.)
あの役員選挙では,私が中国で買ってきた「銅鑼(どら)」が役に立ったのを思い出しました.

私が1年のときの3年のときの先輩の言葉で,
「勉強はいつでもできるけど,部活は高校生のときしかできない」と言うのがありました.
この方は,ものすごいまじめ(勉強に対して)だったんだけど,こんなコメントをするすばらしい方でした.
ついでに行っておくと,定演委員長.

1年浪人したっていいじゃないの,部活できなかった人が勉強できる?
合唱部で培った集中力はどっかで効いてくるはず.
浪人を後悔するんだったら,三十年後でいいじゃないの!!と言うのが私の意見.
合唱やめた方が,絶対後悔するし.

今年は現役の方が,3年になったからといって,大量にやめることのないことを願ってます.
はっきり言って,やめたら損だよ.
Posted by TMyama at 2005年09月03日 00:08
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