2009年10月01日

【読了】反=日本語論【五】

「日本語に酔う」という表現がぴったりくる。
百聞は一見にしかず。少し引用してみる。

p.35
あるイメージの記憶

何も別だん斜に構えて無関心を誇示する必要もないし、軽蔑や敵意をちらつかせつつ批判めいた言辞を弄するほどの興味もないのだから、たとえばそれが世界に存在してしまうことを不当だと断じようとは思わぬが、さりとて積極的に好きになる理由も発見しがたいといった料理とか人の顔とか、とにかく曖昧にその脇をすりぬけてしまえばもうそれで充分だと納得しうる種類の何ものかの一つとしてテレヴィジョンと呼ばれる装置があるわけで、まあいってみればすべては趣味の問題に帰着しうるとするほかはないのだが、たぶん倖いなことにというべきだろう、妻もまたさりげなくその無関心を共有してくれるので、テレヴィジョンへの執着の希薄さは、もちろん「比較的」というほどのことだが、われわれの子供のうちに遺伝として確実に受けつがれている。というか、当年九歳になる一人息子は、両親との類似を装う術をしかるべく心得ていて、いまのところは反乱の気配すら示そうとはしない。


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posted by K大 at 22:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本を楽しむ