2009年07月29日

人生2番目の…

先日、朝、会社に行くと隣の上司が飴をくれるという。

半年ぐらい前から何となく始まった習慣で、
買ってきた飴やらお菓子やらをお互いに少しずつやりとりしながら、楽しくコミュニケーションをとっているわけではあるが、朝一番から飴をくれるというのはどうも怪しい。
しかも、飴はティッシュの上にいくつか置かれている状態で、銘柄すら教えようとはしない。

まあ、毒ではなかろうとお礼を言って口に放り込んだところ、何とも言えないやな味が。
「どう?どう?」と楽しそうに聞く上司に「まずいです」と答える。

「やっぱり」などと言いながら、種明かしとしてパッケージを出してきた。
豚骨ラーメンドロップ
豚骨ラーメンドロップ


別におみやげでも何でもなく、近所のららぽーとに売っていたらしいのだが、何とも形容しがたいまずさ。
味は少し甘めなのだが、鼻につく香りはネギの混じった油のきついにおい。
ドロップの色が白色だったことも相まって、個体の油をなめているような、朝にはもっとも似合わないであろう味。

生きている中で食べた数々の飴のうち、一番まずかったのは大学時工場実習でJASに行ったときに食べた「ドリアンキャンディー」
今回はそこまで行かずとも、それに次ぐまずさだった。

私の反応は上司の満足行くものだったようで、気をよくしたのか、周りの人たちに次々に飴を配っていって、皆気分を悪くしていた。
ちなみに私は最後までがんばってなめていたのだが、最後の最後の中心部分にそれまでとは打って変わってさわやかな味が配置されていて、製造者の良心がかいま見え、ぎりぎりのところで人間不信から私を救ってくれた。

ちなみによくよく観察していると配っている上司だけが食べていなかったので、無理矢理食べさせたらものの10秒ではき出していた。
次は「ミミガードロップ」を買ってくると言っていたが、また一番の試食は私なんだろうなぁ…orz
posted by K大 at 22:00 | Comment(4) | TrackBack(0) | 日々雑感

2009年07月28日

正論が適切とは限らない(orzをこめて)

「我が意を得たり」ながら、不適切発言として謝罪。

「国民の程度」低い? 細田幹事長発言、直後に謝罪

 内閣・政党支持率の低迷にいら立ちを爆発させたようだが、国民の政治意識は低いと指摘したとも受け取れるだけに、終了後に「誤解を招く表現だった。謝罪します」と述べ、発言を撤回した。

 インタビューで細田氏は、経済指標の悪化に触れ「これだけ落ち込みがある割に、何とか支えている。経済界は評価している」と指摘した上で「国民に伝わらない。(首相は)字が読めないらしいですねなんて楽しんじゃってる。ぶれたらしいなんて。大したことはないんだよ」と強調。さらに「日本国の程度を表している。それは程度なんだ。国民の程度かもしれない」と述べた。



自民・細田幹事長、「日本国の程度を表している」などと発言 「真意ではない」と撤回
自民党の細田幹事長が24日、記者団のインタビューで不適切な発言を撤回した。
インタビューの中で、細田幹事長は「麻生総理が字が読めないらしいと言って楽しんでいる。ぶれたらしいと言って。それはそんなに大したことない。…
その後、細田幹事長は「誤解を呼ぶ発言があった。真意ではない」と撤回したが、今後、この発言は波紋を呼ぶとみられる。



何ら撤回も謝罪もする必要はない。
少なくない人たちが納得するものだろうと思う。
残念なのは、これを発言した当人の立場が適切でなかったという点だけか。
とは言っても、正論は正論。
取材する側が、そのあたりをしっかり認識していれば問題にすらならないような発言なのに…。

二つ目の記事が「不適切な発言を撤回した。」からはじまり「今後、この発言は波紋を呼ぶとみられる。」で終わるあたり、お得意のマッチポンプが透けて見える。

「国民」を主語にするのではなく、「マスコミ」を主語にしていれば記事にすらならなかったかも。
さすがのマッチポンプも自分が馬鹿にされたことは記事にしないだろうし。

先日のイタリアサミット後の会見などをあわせて考えると、上記の正論がより真実味を帯びる。

(`・ω・´)で行こう!:日本のマスコミって
神谷ちづ子・ついつい・一言:イタリア・サミット後の記者会見
-私の2ちゃんメモ-:サミットの記者会見で国内問題持ち出す日本のマスゴミ
サミット記者質問

NHK   「発展途上国と先進国の関係について」

イタリアプレス 「北朝鮮について」

毎日新聞 「内政、都議選の結果と解散について」

国際プレス 「貿易不均衡について」

共同通信 「解散について明確に答えろ」


わざわざイタリアまで行って、日本の国内問題を記者会見の時間を割いて質問する日本のマスコミ。
恥ずかしいことこの上ない。

「報道に近道はない。」(毎日新聞社)なんて格好いいこといいながらやっていることがこれである。
他のマスコミももう少し糾弾して自浄努力をするべきではないか。
以前金融業を指して「実体を伴わない虚業」などと批判していたが、マスコミこそマッチポンプを得意とする「虚業」であり、日本の恥を海外にさらす重要な役割を担っているように見える。

posted by K大 at 22:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感

2009年07月27日

民放低俗演出にNo!

納得のニュース
TBS世界陸上、選手キャッチコピーダメ!
陸上の世界選手権(8月15日開幕、ベルリン)の独占放送権を持つTBSテレビが、日本陸連から選手のキャッチコピー(CC)を撤廃するよう通達を受けていたことが24日、分かった。

ネット上での批判や一部のネーミングに不信感を抱いた現場関係者も多く、高野進強化委員長(48)らが“強権”を発動したとみられる。


以前から、あのくだらないキャッチコピーにはうんざりしていて、おそらくそれは私だけではないと確信していたのだが、なんと関係者側からテレビ局に対して「やめろ」と言われたようだ。

世界レベルの競技なのに、テレビ局の低俗演出のせいで台無し。
個人的には民放ではなく、NHKに淡々と中継して欲しいのだが。

MCを務める俳優、織田裕二(41)の熱いコメントとCCで盛り上げてきた世界陸上中継が、方向転換を余儀なくされそうだ。

それが嫌な人もいるんですが…。

関連:Yahoo!知恵袋
posted by K大 at 21:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感

2009年07月26日

自民党・民主党・アンチ民放報道党

衆議院が解散され、事実上の選挙戦が始まっている。

今回の選挙は民主党が調子よくて、このままでは与野党逆転もありうる。
私は今のところ特定政党への支持を持っているわけではない「消極的無党派層」なので、事態の推移を眺めている。
ただ、自分の仕事が国の予算や関連政策に直結するので、そのあたりは興味深く観察しているつもり。

相も変わらずマスコミが一国の政治までバラエティ化してしまい、揚げ足取りと贔屓に躍起になっているせいで、自分で考えようという姿勢を少しでも崩すと、すぐにマスコミに洗脳されそうで怖い。
もちろん、すでに「自分の意見」には様々なもののバイアスがかかってしまっているわけではあるが。

最近、驚いたのが民主党の「ぶれ」
「民主のぶれ看過できない」 インド洋給油巡り社民党首
核持ち込みに関する日米密約を「やむを得なかったのではないか」と指摘した鳩山氏の発言に対しても「許せない発言だ。密約を肯定するなら、自民党とどこが違うのか」とあらためて不快感を示した。


民主党、対米姿勢を軟化 政権獲得の可能性を前に――フィナンシャル・タイムズ
日本の民主党の外交方針というのは曖昧で分かりにくいものばかりだったが、はっきりした立場をとることもたまにはあり、その数少ないひとつが、海上自衛隊がインド洋で米軍艦船に給油活動を行うのは「違憲」だと反対することだった。

民主党の政策綱領は曖昧なことで有名なのだが、この部分だけが珍しく明瞭だった。しかしいよいよ、世論調査によると民主党が自民党に対して歴史的な勝利を収めると見られている総選挙を数週間後に控えて、民主党はこの数少ないはっきりした部分さえ、ぼやかしてきた。


もともと寄り合い所帯と呼ばれる民主党ではあるが、いざ政権が近くなるとこれまでの安直な対応を現実的に戻す動きが出てきた。
また、相変わらず財源は棚上げにしたまま、耳障りのいい話ばかりを散発的に垂れ流している。
対欧米外交、対アジア外交、子ども手当、外国人参政権、農家への所得保障、郵政民営化見直し、公務員改革、最低賃金1000円化などなど、興味深い政策はたくさん発表している。
おそらく選挙が近くなってきたら、どこかのタイミングで財源も含めた今後の政策方針が示されると思われるので、注視したい。

こんなものを作って公開している場合ではないと思うが…。


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posted by K大 at 19:55 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日々雑感

2009年07月25日

日食は神秘的なのか

遅ればせながら、先日の日食についてのメモ書き。

いつの間にか席を外していた隣の先輩からのショートメールで、曇天空に浮かぶ部分日食を見た。
思ったより小さくて月のように欠けている太陽を見ることができたのは、残念だと思っていた曇り空によって強い光が適度にフィルタリングされたから。
本当は曇天だろうと何だろうと、肉眼で見ると失明かもしくは視力が落ちる恐れがあるとの事前情報は得ていたのだが、雲の切れ間に合計30s程度の観察だったし、今のところ何も変化ないので、とりあえずは大丈夫か。

皆既日食ではないせいか、部分日食を目にしても特別感動することもなく、かといってつまらんと切り捨てることもなく、ただ淡々と観察した。

世間ではかわいそうにも30万円出して皆既日食の中の嵐を経験した人や、8万円程度出して船上からの観察で非常にきれいな日食を観察したり、私のように曇り空の切れ目を求めて空を眺め続けたり、色々な人がいたようだ。
トカラ列島・悪石島は暴風雨に。竜巻も…避難呼びかけ、観測どころではなくなる(レス60番の写真が象徴的)

マスコミの最たるテレビでは、何の関係もない「空に太陽がある限り」を歌わせ、どんなものでも3流バラエティに変えてしまう特技をいかんなく発揮し、神秘的イベントを地にたたき落とすような愚行を喜んでいたようだ。
テレビ各局“日食”中継で大わらわ…テレ東は通常

まあ、マスコミの低俗さは今に始まったことではないので置いておくとしても、上記記事にある写真の「日食中継映像を写真に納める人々」の図は、なんだかばかばかしくて笑える。

さて、日食がいつどこでどのように見られるかはすべて計算されている。
2025年までに地球上で日食・月食の見られる場所マップ
もちろん、どういう仕組みで起きるのかもわかっているから、何の不思議さもないわけだが、人はこのイベントを「神秘的」という言葉をつけて呼ぶことが多い。(かくいう私も自然と上記で使っている)

神秘とは「人間の知恵では計り知れない不思議なこと。普通の認識や理論を超えたこと。」だが、理屈に関していえば何も不思議なことはないわけで…。
「そのような存在・関係性自体が神秘だ」とも言えるが、それを言ったら何もかもが神秘的になるので置いておく。

その表現は定義に照らして正しいのか、雰囲気で使っているだけではないか、自省したい。
posted by K大 at 20:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感

2009年07月20日

【読了】もっとも美しい数学 ゲーム理論【弐】

最近読んだ本の記録。

Amazonより
自分の利益を最大にするには、どう行動すればいい?「ゲーム理論」がその答を教えてくれる。アダム・スミス、フォン・ノイマン、ジョン・ナッシュ…科学の歴史を彩る天才たちがかたちづくった「ゲーム理論」は、先端科学と結びつき、彼らの予想を上回る成果を生み出した―。自分以外の人々はどう行動するのか。世界は将来、どうなっていくのか。人類がずっと夢見てきた難問を解く「もっとも美しい数学」。その歩みと可能性が一冊でわかる平易でスリリングな快著。

第1章 アダム・スミスの「手」―経済と科学の融合
第2章 フォン・ノイマンの「ゲーム」―ゲーム理論の誕生
第3章 ジョン・ナッシュの「均衡」―ゲーム理論の基礎
第4章 メイナード・スミスの「戦略」―生物学とゲーム理論
第5章 ジークムント・フロイトの「夢」―脳神経学とゲーム理論
第6章 ハリ・セルダンの「解」―人類学とゲーム理論
第7章 ケトレーの「統計」、マクスウェルの「分子」―社会物理学の誕生
第8章 ケヴィン・ベーコンの「つながり」―ネットワークとゲーム理論
第9章 アイザック・アシモフの「ヴィジョン」―社会物理学とゲーム理論
第10章 デイヴィッド・マイヤーの「コイン」―量子力学とゲーム理論
第11章 ブレーズ・パスカルの「賭け」―確率論、統計力学とゲーム理論


Amazonのレビュアーによると、非常に評価が高い本書。
ただ、私が断片的な時間で読んでいったからか、それとも読解力が低いせいか、それほどの内容を感じなかった。

確かにゲーム理論について、その基本となる応用分野・経済学を超えて、目次にあるように生物学・脳神経学・人類学から果ては量子力学に至るまで、その応用分野が広がっているという大きな流れは理解できた。

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posted by K大 at 23:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 本を楽しむ

2009年07月19日

あの頃の虹がほしい

ベランダから虹
家から虹


メールをもらって、夕方ベランダに出てみると、虹が見えた。
何年ぶりかわからないほど久しぶりに見た虹。
思わず撮った携帯写真では、薄く写っているだけだが、自分の目ではもっとはっきりと強く捉えられていた。

ふと、覚えている限りで、もっとも昔に見た虹はいつだったか考えてみる。
それはまだ千葉県船橋市に住んでいた幼稚園児の頃。
親に呼ばれてマンションの廊下に出たところ、空のどこかから向こうのマンションに向かって虹が架かっていた。
私は大急ぎで向こう側のマンションの廊下に行き、虹をつかもうとしたが、目指した場所に虹はなく、さらに向こうの手の届かない空間に虹が見えただけだった。

あれから約25年。
その間、長い学生時代が終わり、いつの間にか税金も納めるようになって、端から見れば一人前の社会人にはなったけれど、あの虹をつかもうとした頃から、何が変わり、何が変わっていないんだろうか…
この先25年後も生きていたとしたら、今の自分をどのように振り返るんだろうか…

あの頃と変わっていないはずの虹を見ながら、答えを出すでもなく、無力感を感じるでもなく、ただぼーっと眺めていて、なぜか「そうだ、ブログを書こう」と決心した今日の夕方でした。

国道6号線
眼下に広がる国道6号線(旧水戸街道)
posted by K大 at 23:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日々雑感